メーリングリストのパターンランゲージ

#MLのパターンランゲージのひとつと考えていますが、

#自分では否定形の名前が引っかかっています。

bullet 切捨て断定は禁物

 メーリングリストが活発になってくると、様々な議論が飛びかう。 中には自分の考えと違うものや、時には自分の考えに反する意見もある。

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 切捨て断定は何も解決せず、対立を助長し、更に参加者を排除する。

 MLには、住む場所や年齢、経験や専門が異なる人々が集まり、お互いの意見を述べ合う。そのためメールの内容に関して意見が分かれることも多い。しかし、たとえ自分の考えとは異なるものであっても、それなりの経験、経緯を経て生まれたものだ。明らかに間違っていると判断できる場合ですら、その人は多くの判断を重ねて辿りついたものであるかもしれない。

 その意見に対して間違っていると断定しても、その人にとっては、単に今後はメールを出さないようにしようというネガティブな働きしかもたらさないか、さもなければ、お互いに切捨て断定を繰り返すことになるだろう。

それゆえ、

 意見の内容が納得できない場合は、どういう経路、根拠でその考えに至ったのかを聞いてみよう。自分の考えを押し付けるのではなく、比較することを試みよう。

 特に、そのMLの代表者は気をつけよう。正しい場合でも、間違っている場合でも、代表者の発言は、常にそれ以外のメンバーよりも大きな力を持っているのだから。

 ちょっとしたテストをしてみよう。

bullet そのメールをMLから削除したいか。
bullet その発言者をMLから追放したいか。

 もしこれらに該当するなら、十分気をつけよう。そして、切捨て断定をすることは、これら2つを導く可能性が大きいことを肝に銘じよう。

 これはあくまで意見の内容に関するものだ。そうではなく、意見そのものが何らかの破壊を意図している場合、たとえば、誹謗、中傷などである場合は、行為として妥当でないため、即刻の禁止もやむをえないことがある。

 

bullet はだかの王様的状況を作らない

 時には、そのMLにとって重要な文献や成果について、意見が述べられることもある。そして十分評価された成果に対して、どこが良いのかわからない人も出てくる。

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 王様がはだかに見える仕立て屋は、自分がどのような服を作ればよいのかわからなくなるだろう。

 過去に評価され発表された成果を評価することは難しい。評価は、その時代、そしてその周囲の人たちによって行われ、内容だけでなく、

 その働きによっても与えられる。時代が違い、環境も異なる人が、その内容だけから評価しても、納得できない場合もある。

それゆえ、

 高く評価された成果に対して、はだかの王様に見えるという人には、はっきりとわかる服をみんなで描写してやろう。その描写が具体的な服をその人に見せることができれば、それでよい。もし、単に良いとか役立つかもしれないという言葉がちりばめられていれば、やはりはだかなのかも知れない。また、人により全く異なるものを見ているかも知れない。

 重要なことは、評価を受けた成果は、そのMLに所属するメンバーにとっての目標となることだ。その価値がはっきりしなければ、結局、そのMLの今後の目標もはっきりしなくなるだろう。

 この「はだかの王様的状況」は、Alexanderの経験から取られている。彼が近代建築の世界に入っていった時期に感じたものだ。そして、それから、何年もかかって、パターンランゲージが生まれた。

 

bullet 理解と納得の隔たり

 文や意見は理解できる。それでも納得できない意見に出会うことがある。

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 理解できることを単に連ねても、納得にいたるわけではない。

 それぞれの部分が理解できるのに、そこからの帰結や結論が納得できない。これは納得というのが、単純な理解だけから構成されていないから。これは円は理解できても、目の前にあるのが円に見えず、さらに、なぜそこにあるのかわからない状況に似ている。この場合、いくら円を定義し、説明しても解決されない。その人の位置からだと柱が邪魔をして、半円にしか見えないかもしれない。

それゆえ、

 定義や説明を繰り返すのではなく、その人にとって、どのような形であれば、納得できるのかを聞いてみよう。もし、そのような形がなければ納得できないだろう。強要は納得を生むことはなく、猜疑心を植えつける。強要するよりもあきらめる方が害は少ない。

 できれば見えない部分を補うことにより、本当は円に見えることを教えてやろう。経験を示してやろう。リアリティは、納得の肥料になる。

 大切なことは、教えてやろうというものが、自分の正当性を証明するすることを目的とするのではなく、相手の納得を構築することを目的としない限り、本当の納得は達成できないと言うことだ。

 これは、N.Harrisonの《納得できる解法》とほとんど同じだ。違いは隔たりを強調していることだ。

 
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